昨今、共働きの夫婦が増えてきていますが、主な世帯収入は夫の収入であり、妻は家事や育児を担当している家庭がまだ多いかもしれません。その場合、毎月夫が妻に生活費を渡し、妻がその生活費でやりくりすることになります。
しかし、夫が自分の収入を自分のためだけに使おうとして妻に渡す生活費を下げる又は夫婦関係の悪化により別居したところ生活費を渡さなくなる等、生活費の支払いが止まってしまうことは決して珍しくありません。そのままでは、家族の生活が成り立たなくなってしまいます。妻が夫に生活費を支払わせるにはどのようにすればよいのでしょうか。
民法には、夫婦が互いに協力し扶助しなければならない義務が定められています(民法752条)。これは夫婦の一方が、他方に対し、自分の生活を保持するのと同程度の生活を被扶養者にも保持させなければならないことを意味するとされています。このため、妻は夫に対して生活費を支払うよう求めることができるのです。この生活費のことを婚姻費用といいます。
この婚姻費用の金額は、双方の収入によりおおよその相場が決まっています。裁判所のホームページには、養育費・婚姻費用算定表と呼ばれる表が掲載されていますので、互いの収入が分かっていれば請求できる婚姻費用の金額を調べることができます。
平成30年度司法研究(養育費,婚姻費用の算定に関する実証的研究)の報告について | 裁判所
婚姻費用の支払いについては、まずは夫婦間で話し合って決めることになります。婚姻費用の金額は、算定表の金額が目安になりますが、これに拘束されるものではありません。お互いに話し合って合意できた金額ならいくらでも大丈夫です。
合意ができた場合、合意内容を書面で残しておくことが望ましいでしょう。
話し合いでまとまらない場合には、家庭裁判所に対して調停申立てをすることが考えられます。調停とは、家庭裁判所で、専門知識・経験を持つ調停委員を間に挟み、話し合いを行う手続きです。
調停では、申立人と相手方が、別々の待合室で待機し、交互に調停室と呼ばれる部屋に入り、調停委員と話すことになります。調停委員は、双方の言い分を聞いて、経験に基づいたアドバイスを行い、合意が成立するように導くことになります。
調停手続でも話し合いがまとまらない場合は、審判手続に移行することになります。審判手続とは、双方の主張や事情を考慮して、裁判所が婚姻費用の金額を決定する手続です。
決定した金額に不服がある場合には、審判に対し即時抗告をすることにより、高等裁判所で争うこともできます。
調停を申し立ててから婚姻費用が決定するまでの期間は事案によりますが、話し合いでまとまらず相手方が争ってくる場合、1年程度の期間がかかることも珍しくありません。
しかし、1年も生活費が払われないと妻側は生活が立ち行きません。早急に婚姻費用を確保する必要があります。そこで、婚姻費用の分担の調停を申立てるのと同時に、婚姻費用の分担の保全処分を申立てることが考えられます。
婚姻費用分担の保全処分とは、早く生活費が支払われないと困窮してしまう等の緊急性がある場合に、婚姻費用として仮に一定額を支払うよう決定を求める手続きです。
保全処分の手続では、申立人が、①婚姻費用の分担請求が認められる蓋然性があること、②保全の必要性を疎明する必要があります。
婚姻費用は、双方の収入に基づき算定表の範囲で決まることが多いのが実情です。もっとも、それだけで金額が決定するわけではありません。婚姻費用には、夫婦の食費、住居費だけでなく子どもの教育費、医療費等様々な費用が含まれていますが、含まれていない費用もあります。
よって、費用の内容によっては、婚姻費用に加算して請求することが可能です。上乗せして請求することが考えられる費用として代表的なものは私立学校費用や塾費用です。子どもが私立学校や塾に通うことに、夫の同意があった場合は、これら費用を加算して婚姻費用を請求することができます。
一方で、夫婦が別居後に子どもが私立学校や塾に通い始めたが、夫は反対していたという場合は加算しての請求は出来ません。私立学校に進学するような場合は、事前に夫に相談し、同意を取り付けるようにしておきましょう。
婚姻費用の金額が決定しても、相手方が決まった金額をきちんと支払わない場合があります。特に、協議や調停といった話し合いでなく、審判で金額が決められた場合は、相手方がその金額に納得せず、支払いを拒否することがあります。
そのような時、相手方から強制的に婚姻費用を回収するためには、強制執行の手続きを行う必要があります。強制執行とは、相手の財産を差し押さえて、そこから婚姻費用を回収する手続きです。
例えば、相手の給与を差し押さえる場合、原則として、給与の手取り金額の2分の1までを差し押さえることができます。一度、給与に対し強制執行をすると、毎月強制執行をする必要はなく、相手方の勤務先から直接振り込んでもらえるので回収が容易です。
婚姻費用の請求は、生活費を確保するためにとても重要なものです。その金額は、どのような事情を主張していくか、他にどのような費用が請求できるか、といったことで変動します。
一度、婚姻費用額が決定すると、決定時からの事情変更が認められない限り、金額の変更は出来ません。
婚姻費用請求で損をしたくない、確実に回収したいとご希望の方は、まず一度弁護士にご相談ください。
離婚条件の話し合いでは、納得できない要求に対して妥協せずに断ることが重要です。 後になって後悔することが無いように自分の要求を通して、公平な条件で合意を行うためにも交渉のプロである弁護士に依頼することが賢明といえるでしょう。 弁護士への依頼を決めた際は、弁護士の中でも、特に”離婚を専門とする弁護士”に依頼しましょう。 弁護士が取り扱う分野は多岐にわたります。 病院をイメージしていただくと分かりやすいですが、おなかが痛いときには内科、目の調子が悪いときは眼科、鼻水が止まらないときには耳鼻科を受診されると思います。 弁護士も同様に、それぞれに得意な分野があります。専門性が高いほど、交渉において重要になるポイントを抑えており、案件慣れしているため優位に交渉を進める方法を熟知しています。
弁護士に依頼するもう一つのメリットとして、協議によって決まった離婚条件を文書として残す際に法的な助言を得られる点です。 夫婦間の話し合いで取り決めた内容を「公正証書」として文書の形で残し「債務不履行時に強制執行」が可能となる様に文言を入れておくことで、離婚後に相手方が慰謝料や養育費の支払いを拒んだ場合に裁判を起こすことなく相手の財産を差し押さえて支払いを受けられるようになります。 離婚後のトラブルを避けるためにも、弁護士のアドバイスの元で公正証書の作成を行うことが大切です。
別居期間中であっても、夫婦で婚姻費用を分担する義務はあります。婚姻費用とは、衣食住の費用のほか、子の教育費、子の出産費用、医療費など結婚生活を維持するために必要な経費をいいます。 この点、別居のための引越代は、結婚生活を維持するための経費とは言いにくく,婚姻費用に含まれないものと思われます。このため,別居のための引越代を夫に請求することは難しいかもしれません。ただ、夫との間で合意することができれば、婚姻費用とは別に引越費用を支払ってもらえる余地はあります。
未払いの婚姻費用を、現時点で支払ってもらうことは難しいと思われます。しかしながら、離婚で財産分与をする際、裁判所は夫婦についての「一切の事情」を考慮して財産分与の金額を決めることになります。ですから、財産分与において過去の未払いの婚姻費用が考慮され、未払額が上乗せされる可能性があります。
権利者が別居をする際に、家の預金を持ち出している場合、義務者から、持ち出した預金で生活をするべきであり、生活費は支払わない旨の主張がなされることがあります。しかしながら、基本的には、義務者に定期収入があれば、その中から婚姻費用を負担すべきであり、持ち出した預金は財産分与の際に清算すべきものです。 また、預金を置いて出た場合も同じです。義務者が家の預金を置いてでても、義務者が婚姻費用の分担義務を免れることはできないのが原則です。 ただし、義務者が預金を生活費に充てており、その費消した額が婚姻費用の分担額をはるかに上回るといったような場合、義務者は改めて婚姻費用の分担請求をできない可能性があります。 本件についても、妻が預金を持ち出しているからといって、婚姻費用の負担を免れることはできないでしょう。
婚姻費用分担の審判事件の管轄は、夫又は妻の住所地を管轄とする裁判所です。しかしながら、調停事件の管轄は、相手方の住所地を管轄する家庭裁判所となっています。 そこで、相手が遠方にお住まいの場合、調停申立てから手続を始めてしまうと遠方の家庭裁判所まで出向かなければなりません。子どもを抱えているうえに仕事がなく生活費にも困っている場合には、遠方の裁判所に出向く経済的・時間的な余裕もないでしょう。 このような場合、申立人の住所地を管轄する家庭裁判所に審判を申し立てる方法があります。ただし、家庭裁判所は家事審判について、いつでもこれを調停に付することができますし、実際に調停に付され、相手方住所地を管轄する家庭裁判所に移送するのが一般的です。 せっかく審判申立てをしたのに、相手方住所地を管轄する家庭裁判所に移送されてしまうと、審判を申し立てた意味がなくなります。 そこで、申立人が審判と同時に審判前の保全処分の申立てをしておけば、家庭裁判所は保全処分については、すみやかに処理しなければなりませんので、保全処分の審理を行うことになると思われます。また、保全処分の発令と同時に本案の審判事件についても処理することになるでしょう。 従いまして、あなたの場合、あなたの住所地を管轄する家庭裁判所に対し、婚姻費用分担の審判を申立てるとともに、審判前の保全処分の申立てをされることをお勧めします。
実務上は、権利者が婚姻費用や養育費の分担請求をした時とすることが多く、通常は、調停や審判の申立てをした月としています。但し、調停や審判の申立てをする前に婚姻費用や養育費の請求をしたことが内容証明郵便や電子メール等で明らかな場合は、その請求をした月を始期とすることが多いです。 ですので、メールで婚姻費用や養育費の請求のやりとりをしたことがある場合は、消去せずに証拠として保存しておいていただき、調停や審判で証拠として提出するとよいでしょう。
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